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妊娠したときに現れる症状|赤ちゃんと一緒

妊娠超初期症状も3人3様でした。

子どもが3人おります。
3人が3人とも妊娠初期は違っておりました。
長男の時は新婚旅行の時に妊娠しているかも気づいたのですが、旅行先での食事のにおいで吐き気をもようしてしまい食事ができなくなりました。ふと生理が3週間くらいずれていることに気が付きました。もしかしたら妊娠しているかもと思い、帰ってきてから検査薬で確認したら反応が出ました。この子の時はともかく5か月目くらいまで食事時の吐き気に悩まされました。

 

次男の時はこれとは正反対でなぜかかずのことかんきつ類が食べたくて仕方なく、ほかのものがほしくないという、でもおなっかがすくと吐き気がするのでたえず口に何か入れていたいという変なつわりを体験しました。妊娠したかしないかぐらいの時に生理?でも2日で終わったよくらいの出血がありました。

 

長女の時は風邪の初期症状と同じいつも微熱があり体がとかくおもだるくて、水とかんきつ類以外はのどを通っていかない状態でした。この子の時はつわりがひどくて、妊娠後期まで管理入院したこともありました。

生理と勘違いした着床出血

眠くて眠くて仕方がない時期がありました。後に妊娠がわかり、それが「妊娠の初期症状」だったということを知ったのですが、しかし「妊娠の初期症状」は、生理前の状態とも似ているため、そのときはまったく「妊娠」のことは考えませんでした。そして、妊娠から3ヶ月ほど経過してから、私は妊娠している可能性に気付きました。

 

「着床出血」についてですが、私はおりものに交じる感じでの出血でしたので、「あ、生理来たなー」という感覚にてとらえていたのです。お腹もなんだか生理前のように、鈍い痛みがありましたし。しかし鈍い痛みは、「着床出血」があった前日ぐらいから感じていたと思います。しかし、いつもの生理前も鈍い痛みが続いて、そして出血が始まりますので、本当に「今回の生理は軽い」ぐらいにしか受け止めていなかったのです。

 

それに、そのときはダイエットをしていましたので、ダイエットにより生理が軽くなったのだと思い込んでいました。とくに10代のときがそうだったのですが、私は食事制限によるダイエットをすると、生理が軽くなりますし、1〜2日で出血が止まることもありました。

 

しかしさすがに、本格的な生理がなかなか来ないということで、妊娠を疑うようになりました。もしくは婦人科系の病気だと思い、妊娠検査薬も使わずに病院の産科へ行きました。そして、産科でもらった妊娠検査薬で見事に陽性。結局、その後出産まで私はつわりもなにもなく、そのことも妊娠に気付き辛かった一因かも知れません。

ちょっぴり切ない節分の思い出

忘れもしない幼稚園の年長さんの時のことです。節分の数日前、工作の授業で鬼のお面を作りました。茶色の紙袋を頭からかぶり、目と口の部分を切り抜き、毛糸で髪の毛を、色画用紙で角やお耳を作り、クレヨンでお鼻を書き、その他、彩色を加えるというようなものだったと思います。
私は運動は苦手でしたが、工作は好きで、この鬼のお面も私の中ではとても上手にできたと思っていました。そして、父にこのお面を被ってもらって、豆まきをするのを密かに楽しみにしていました。
実のところ、父は絵に書いたような仕事人間でした。平日は、朝、かろうじて会えるくらいで、平日の夜ご飯を一緒に食べたことはほとんどありません。だから、朝、私が父に、こんなお面を作ったの、お父さん、このお面を被ってね、私、みんなで豆まきがしたいのと話して、父が分かったと言っても、それが実現しないことは何となく分かっていました。でも、どこかで期待していました。もしかしたら、こんなに上手にお面を作ったから、約束を守ってくれるのではないかと。
そして、節分の日が来ました。その日は父には何も言わずに幼稚園に行きました。なぜなら、期待もしていたけれど、裏切られると分かっている期待をしていることを知られたくないという気持ちもあったからです。
幼稚園から帰ってきて、おやつを食べて、自分の部屋に行きました。机の上に置いていたはずの鬼のお面がありません。えっ、どこいちゃったんだろう、慌てて部屋を出て、母のところに行きました。「お母さん、鬼のお面がない!」すると、母が言いました。「あれ、今日はごみの日だから捨てたわよ。」
泣きました。泣いて、泣いて、泣きまくりました。それから、母と歩いて、紙の袋を探しに行きました。当時はまだ私の地元には100円ショップのようなものはなかったので、紙の袋を使っていそうな商店を回った記憶があります。でも、手には入らず、べそをかく私を可愛そうに思ったのか、八百屋さんの奥さんがお豆のおまけの鬼のお面をくれました。日が沈みつつある道をそのおまけの鬼の面を手に母を歩いたのを覚えています。
その日、もちろん父は帰ってきませんでした。母と二人、豆まきをしました。節分の時期になるとこの日の出来事をちょっぴり切ない気持ちで思い出します。

 

節分